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2008年9月

受験に向けて

王子 が夏期講習を終えてから、本格的に塾通いをすることになった。
ここは 王子 の受験する中学の受験対策クラスがあるからである。
とにかく入塾するには試験をして受からないと入れない。難しいと聞いていたが、、、普通に学校の勉強が出来ていれば受からないような難しいものではなかったという。

ただ、受験は1月上旬。
あと数か月しかないが、入塾料やら月謝やらなんやかんやで5万を軽く超えたshock
 はこの金額で学校や自分ではフォローできない部分をしてもらえるなら安いもんだsign03と言われたので 王子 は今月から毎週土曜日に受験科目である国語・算数の塾通いになった。

ここでは模試も定期的に行われており、受験対策模試、サ○ル模試とある。これは別料金downサ○ル模試は全国にあるサ○ルに通う小学6年生で受けた人数、自分の順位が分かるように個人成績表が配られるのだ。

得点・偏差値・平均点・全体順位と数字で表され、面白いのが山を登っている絵が隣に書いてある。自分の順位によって、登っている場所が違うのよww

国語は①漢字の読み書き②漢字・故事成語③文の構成④物語文の読み取り⑤説明文の読み取り⑥俳句のかん賞 と設問があって、自分の得点、配点、平均点があり、診断としてどこが出来ているか、出来ていないかが書かれているので分かりやすい。
算数も同じ。ただ、設問は模試の問題によって違うと思う。

今回のサ○ル模試を受けた人数は3,290名。すげ~な~eyeこんなにいるんだぁと思ったさ。王子 の順位は秘密でありんすww
次の模試は10/4、さー今回よりupdownか。。王子 の順位辺りはどんぐりの背比べ状態だろうな。。

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御無沙汰しちゃいました

すったもんだの母との同居が始まって一週間は、足のむくみが酷いのと腰が痛いと機嫌も悪いし、喧嘩になったこともあったりしました。とにかく一度病院へ行こうと何度も話しても拒否。しつこく言うと脅す、聞かないふりをする。annoy

一週間後に  が出張から戻ってきたので説得をお願いしました。
 が 「おかあさん、病院へ行きましょう」 で 「はい」

義理の息子の世話になっているのが分かっているので素直だった。
クリニックで血液検査をしたところ、翌朝に電話がかかってきて「酷い貧血と白血球の値が異常に高いから、今すぐ紹介状書くので総合病院へ行って」と先生から言われました。
貧血は健康な人の1/3の値だったそうですshock

 に電話をして会社から戻ってきてもらい、すぐに市内の市立総合病院で検査の嵐。
検査結果が出るときには  は 王子 の帰宅時間だったので城に戻り 王妃 が聞きました。

「子宮頚ガンの疑いで転移もあるようです。ガンのせいなのか膀胱が圧迫されて膨れ上がって尿が腎臓までいってます。尾てい骨にも転移している可能性がありますね。」
と。ここの総合病院は婦人科の医者がいないので、隣の市立総合病院へすぐに行くように連絡を取ってもらい、即入院。

まず酷い貧血をなんとかする為に輸血を3回し、抗生剤の点滴をし、鎮痛剤を服用し、腎臓までいってる尿を排出するための処置をしてもらいました。で も、今の状態だと尿管の数か所で狭窄している部分があったので、また同じ処置をしないといけない。と、泌尿器科の医者に言われました。

その間に詳しい検査をしたところ、子宮けいガンに間違いはなく末期であり、転移も腰の骨、膀胱、胸のリンパ節、脳までいっており、むくんでいる足は血栓がたくさん出来ていて、末期ガンであるし、血栓が動いて肺塞栓を起こすと容体が急変する可能性がある。治療をするなら放射線治療になるけど、苦痛を伴うし回復の見込みはありません。と。延命治療にしかならない、それも少しだけ。という事です。

流石に泣きましたね~crying 検査の度に悪い結果が出て一人で聞くのはかなりキツかったです。ただの腰痛じゃなかったんだ。もっと早く病院へ行けばと後悔の嵐でしたが、今となっては仕方ないこと。

急変の可能性があるので親戚や弟に連絡をし、先週末には親戚(母の兄妹)が見舞いに来て、弟夫婦とも話し合いをして回復の見込みがないなら痛みのコントロールをしながら自然の流れに任せるという方針に決めました。
週明け、主治医にその旨を話し「もし自宅に帰りたいという本人の希望があれば、今なら帰れます。先になると帰れなくなるので。」と言われました。

母にはガンであることは主治医より告知してもらいました。本人も薄々感づいていたし、私にしつこく聞いてくるから。でも、末期とはいってません。自分のしたい事があっても、足の血栓がある以上、動くのも制限されるから。

ただ今の状態だと 王妃 一人では介護できないので介護申請をしました。
自宅に帰ってリラックスするのも本人は希望しているから。。
急変したら救急車で病院へ連れてきてください。と主治医も話してくれた。
親を送るのは自然の流れだと思っていても、たった一週間しか一緒に暮らせず、入院生活の方が長くなってしまったのが、、寂しいです。weep

病室で誕生日も迎えてしまいました。。

今は毎日 王子 が学校にいっている間は病室に顔を出し、動けない本人の変わりに動き、愚痴を聞き、食べたいもの、飲みたいものを用意する。話しをする。
そんな感じです。

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